エコミメシス −梯子− | Ecomimesis −Ladders−
音響コミュニケーションを行う生物種の声の特性は、同じ環境に生息する他種の声との関係性によってある程度説明できる。声の「個性的」な音響特性は種の識別を容易にし、コミュニケーションの効率を高める。だから、共通した環境に生息するそれぞれの種は、進化の過程で「互いに異なる」声になるような進化の圧を受けてきたのではないか。
作者はこのような考えを踏まえ、遺伝的アルゴリズムによって、16種の人工生命がおのおのの「声」の周波数やその他の特徴を他の種とできるだけ異なるものになるよう進化する音響生成アルゴリズムを構築した。プログラミングにあたり、ダーシー・トムソンの古典的著作、音響ニッチに関するバーニー・クラウスの議論、角(本田)恵理のエンマコオロギ属の声の研究からヒントを得た。進化計算と音響合成はリアルタイムに行われ、情報科学芸術大学院大学[IAMAS]のサーバー室から常時配信される。進化計算の基準になる個体の適応度(優位性)は、それぞれの個体の遺伝情報(「声」の特徴を定義するパラメーター群 )とその個体の属する種以外の種に属する個体の遺伝情報との差分の大きさから算出される。映像には、生成されたサウンドスケープのスペクトログラムに加え、生成時の日本標準時刻、進化計算の世代数、それぞれの種の平均的な適応度などが表示される。
毎週月曜日の午前零時に全ての遺伝子を初期化する。火曜日から土曜日の午前零時には、プログラム上の「大量絶滅」(多様性の激減)が起きる。日曜日は進化計算を行わず、土曜日の最終進化形が終日鳴きすだく。以下繰り返し。進化計算は確率的に行われるので、毎週聞こえる音は違う。初期化された遺伝子は、この作品のテーマというべきコオロギに似た「声」を生成する。作者は2018年に多摩川のほとりでコオロギの声を聴き、この作品のアイディアを思いついた。
はじめに声があった。人間の言語は恣意的な関係の上になりたつ体系だといわれるが、バイオフォニーにおいては、種間の声の音響的な差異それ自体が資源であり、「意味」である。声と言葉の間にどれほどの隔たりがあろうとも、我々もまた動物である。起源への梯子は天の高みではなく、「下方」へと伸びてゆく。
この作品は、情報科学芸術大学院大学[IAMAS]のタイムベースドメディア・プロジェクトの活動の一環として制作された。
林暢彦
林 暢彦 | Nobuhiko HAYASHI
アーティスト、サウンドデザイナー。1992年愛知県生まれ。アルゴリズミックな生成音楽、サウンンドインスタレーション、ダンスや映画のためのサウンドデザインなどを手がける。
録音、音と聴取、環境における声と言語の起源などをテーマに制作。
2021年、映像体験における聴覚と視覚、反復されるメディア内の時間と実時間との間での同期と不一致をテーマにした実験映画的インスタレーション《117》を発表。2020年、音楽を手がけた川添彩監督の短編映画『とてつもなく大きな』はカンヌ国際映画祭批評家週間短編部門で上映された。また、生涯にわたる録音プロジェクト《声を接ぐ》を開始(発表は2021年)。2018年、コンピュータ音楽《Silence Trade》シリーズを発表、Contemporary Computer Music Concert入選。2015年、電子音響音楽による個展「言問う水沫のための」。
https://nobuhikohayashi.github.io/nobuhikohayashi/
Author : Nobuhiko HAYASHI
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