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豊葦原の瑞穂の国は、昼は五月蠅なす水沸き、夜は火瓫なす光く神あり、石根木立青水沫をも事問ひて荒ぶる国あり(「出雲國造神賀詞」『延喜式』巻第八祝詞)
沈黙や、意味を超越する言語に、数年来関心を払ってきた。今回の作品もまた、そのようなテーマの変奏である。水や草木が言葉を喋る時代──天孫降臨による王権的秩序以前に設定された夢の時間──から着想を得たこのインスタレーションは、まさにそのような「歴史」を語る権威的な文章(『延喜式』収録の祝詞、「遷却祟神」。)を音声学的に解体し、意味を結ばない呟きや、水音を思わせるカオティックな音の群れとして、空間に解き放つことを試みる。そしてその禍々しくも豊穣な、「海」の両義性を確認する。70億の、固有の神と国家と言語の可能性。地下室から出れば我々もまた、近代という倒錯した神話に浮かぶもの言う水沫であることを理解するだろう。音響制作にあたっては、仮名にして1100字程度のテクストの朗読・録音データを音節ごとに分割し、ランダムに再配置した。さらにそれぞれの音節を(おおむね)子音と母音とに分け、異なる位置から音を出力できる(たとえば「さ/sa/」という音の/s/が左のスピーカーから、/a/が右のスピーカから聞こえるようにする、など)ように加工を施した。この展示の音響のほとんどは、こうした音素材の構築によって作られている。(初演パンフレットより)
初演:「祭文 音響による個展」 2015年5月1日-6日 渋谷 space TRE