The Form What Surrounds Us | 取り巻くものの形式

2021 / sound, mixed media

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 動物の声を思わせるざわめきがコンピュータによってリアルタイムに生成されている。この音は、多くの生物種が同一空間で音声コミュニケーションを 行う際に課せられるであろう可能性の制約、あるいは「形式」(エドゥアルド・コーン)に着想したアルゴリズムによって生成されたものだ。

 生物の声が、それぞれの種ごとに異なっているのはなぜだろうか。サウンドスケープ生態学の「種認識仮説」によれば、同じ環境に住む複数種の生物は、それぞれの種の識別が容易になるよう、声の個性を増す方向に進化するということだ(Almo Farina “Soundscape Ecology”)。この仮説が正しいとする と、ある環境に住む種の声の特徴は、他種の声との「違い」にもとづいて決定されているということになる。「違う」とはどういうことか?ある生物種 の声をひとつの記号とみなすならば、その記号と他の記号との分かたれとはどのようなものなのか。

 近代言語学の礎を築いたフェルディナン・ド・ソシュールは、人間の言語を恣意的な差異による体系として位置づけた。長きに渡り、こうした種類の「意 味」を生み出すことは人間の特権と考えられてきた。しかし、私たちも自然の一部である以上、私たちの能力の起源もまた自然にあるはずだ。ある非人間 の生物の声の特徴を決定するものが他の生物の声の特徴であり、そのような差異のネットワークが生態系の音響空間に張り巡らされているならば、これ らの「記号」にはなんらかの恣意的な性質があるとは言えないだろうか。動物が「考えるのに適している」(レヴィ=ストロース)のは、部分的には、かれらがすでに考えているからではないだろうか。

 アルゴリズムには16種の仮想の「音響生物」がおり、それぞれの個体が数列のデータとして保有する「遺伝子」が音響合成のパラメーターとなる。生物学者ダーシー・トムソンは動物の形態の隠れた秩序を探ったが、ここではそのような(音の)形態学的な「基本構造」は、音響合成のパラメーターとしてあらかじめ作者によって設定されている。遺伝的アルゴリズムによって、それぞれの種は各々の「声」のパラメーターの組み合わせをできるだけ他とは異なるように進化させてゆく。これによって音の群れは時々刻々と変化してゆき、「多様性」らしきものが生まれる。これらの音塊を「音楽」と捉えるならば、逆説的にもそれはある種の「不協和性」によって秩序づけられているということができるだろう。

 作曲家ヤニス・クセナキスは主著『形式化された音楽』(1962)の中で、音を粒子としてとらえ、その集合体である音楽=「音の雲」を数学的に統御する作曲技法を開陳している。彼は音をブラウン運動をする分子のようなものとは捉えたが、自ら考える主体のようなものとは考えなかった。「音楽は音によって知性を表現すること」とクセナキスは言う。この作品が知性を表現しているとするならば、それは「考える者は誰か?」という問いと、それにまつわる思考の痕跡である。

 スピーカーにはギターのピックアップなどに使われるピエゾ素子を大量に使用し、16チャンネルのサウンド・インスタレーションとして構成した。それぞれのチャンネルには複数のピエゾ素子が接続されており、それらの全てが音響ケーブルによって天井から吊り下げられている。鑑賞者はその内部を歩き回ることができる。それぞれの仮想的な生物の「声」は、コンピュータの処理で空間的な方位や距離感を伴って聞こえるが、吊り下げられ、ランダムな方向を向いたチープな音質のピエゾ素子によって、より複雑で制御を超えた音響空間を形作る。

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