これらのものは、まさに偽物であるからこそ、限りなく真実に近い。——シャルル・ボードレール*1
habitat2は1分間の架空の自然環境音と、それを可視化したスペクトログラムの映像からなる連作である。音の内容は、鳥や昆虫の鳴き声、風にそよぐ草木、雨、雷、せせらぎなどで、すべて作者が設計したアルゴリズムによって自動的に生成されたものである。フィールドレコーディングなどの現実の録音素材は使用していない。作品には1000種類のバリエーションがあり、NFT売買のプラットフォームOpenSeaに(価格をつけずに)アップロードされている。すべての映像には、イメージシンセシス(画像をスペクトログラムに見立て音波に変換する音響合成法)によって合成された作品の識別番号とタイトル、コピーライトが現れる。つまりこれらは音響として波形に埋め込まれており、有機的なサウンドスケープのなかで、あからさまな人工音として聴こえる。
NFTは、「自然」や「環境」といった観念に似ている。
それらはかけがえのない唯一無二のものであるとされ、問題はその持続可能性である。
NFTは芸術におけるアウラの復権をめざしている、という意見がある*2。ベンヤミンは彼のアウラについて説明するとき、山や木のような実在する自然の風物を引き合いに出している。NFTの希少性は技術的に構築されたものである。だが「自然」にもある種のフィクションの要素が含まれている。というのも、私たちが思い浮かべる自然は、えてして、あまりにも人間的な情感や、超自然的な雰囲気に彩られているからだ*3。
私は自然の「サウンドスケープ」(のようなもの)を技術的な手段で生産してみせることで、自然を表象する人間の営みに内在する問題を指し示したいと思った。それは自然(おのずからしかあるもの)とアート(自然のミメーシス=つくられたもの)という二項的な価値の図式である。habitat2はそのような図式を撹乱するために制作された人工物(データ)である。
フリードリヒ・キットラーは、人間の意識が絶対に到達し得ない「リアルなもの」を書き留めてしまう技術として録音術を考えている*4。スペクトログラムのような音響の視覚化技術は、それを脚色し、幻想的なものにする*5。それはアウラを演出する装置である。イメージ・シンセシスによって作られた文字はこの幻想に水を差す。これはデジタルデータに唯一性を付与するというNFTアートの欲望に対するアイロニーである。
*1 ヴァルター・ベンヤミンが『パサージュ論』のなかで引用したディオラマに関する言葉。ベンヤミン『パサージュ論 三』岩波文庫, p.408
*2 武田徹「複製禁止が芸術変える データの署名「NFT」」毎日新聞 2022年2月28日 朝刊
*3 ティモシー・モートン『自然なきエコロジー』以文社
*4 キットラー『グラモフォン・フィルム・タイプライター』筑摩書房
*5 「音のニッチ仮説」の提唱者として知られるサウンドスケープ生態学者バーニー・クラウスは、いみじくもスペクトログラムをロマン派絵画の主観的な視線になぞらえている。クラウス『野生のオーケストラが聴こえる』みすず書房, p.95